一 浦和水脈と地盤沈下

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 東京都の低地帯である足立区では、明治四十年ごろまではいたるところに湧水(井戸水があふれている)があって、道ゆく人びとののどを潤したものであるが、最近ではこのような話は夢物語りになってしまった。

 地下水には、自由地下水と、被圧地下水とある。自由地下水は、地表面のすぐ下にあるもので、足立区では浅いものは二〇センチぐらいのところにあり、深いものは三メートルのところにある。この地下水は近くの川や下水とつながっているので使用できない。

 第18図(千住二丁目のもの)千住二丁目の北千住駅前のボーリング柱状図である。図によると地表面下一メートルぐらいのところに最初の地下水があり、あと一〇メートル、一五メートル、二〇メートルと四か所に地下水の流れがあり、良質の地下水は洪積層から揚水している。これらの地下水を被圧地下水という。


 足立区は全域柔らかい沖積層が一〇メートルから五〇メートルぐらいの厚さで堆積しているので、地下に多量の水分をたくわえているが、住宅公団や工場では井戸の深さおよそ五〇メートルから二〇〇メートル前後から揚水している。この洪積層に流れている地下水を浦和水脈といっている(第19図)。


 浦和水脈は第20図のような地域、すなわち荒川の流れに沿って、川口市、戸田市を経て、大宮台地、狭山丘陵、比企丘陵、東京の山の手大地の地下に潜流した一連の水脈である。


 これらの台地や丘陵の地表面は関東ローム層といって、水を通しやすい地層で、一〇〇ミリの雨量が一メートル平方にしみ込むといわれている。

 これらの台地の下に水通(みずとお)しの悪い第三紀層が、東京湾を中心として盆のような形で、荒川の流路に対して斜面になっているので、この基盤の第三紀層に沿って地下に潜流し、浦和水脈となっている。

 この水脈の供給源はおよそ六〇〇キロ平方あり、この供給源に年間の降雨量の四〇パーセントが地中にしみ込み、集った地下水は北東に向かうほど深く豊かになって、洪積層の泥や粘土層にはさまれた砂層や礫層をくぐり、上下の方向に三段四段になって流れる(第19図参照)。水脈は浦和台地の西側で向きを東南にかえ、戸田市のあたりで袋の口をしめるような形になってまとまり、東京都の北区、板橋区の地下を経て足立区を過ぎ、江東地区の地下につづいている。

 荒川の水が今のように汚れていないときには、荒川沿岸をはじめ足立区内では、河川水を使用して製紙業・染色業などが営まれていた。最近は河川水を使用できないので、工業用原料水として地下水を使用するようになり、足立区だけで一日八、五〇〇立方メートルという大量の地下水が揚水されている。第二次大戦後、多くの工場が足立区内に進出してきて、昭和四十一年十二月の調べで、深井戸の数が百六十もある。これらの工場や集団住宅などは、いずれも浦和水脈の水にたよって生活し、操業しているので、洪積層の地下水だけでは足りなく、柔らかい沖積層の地下水も途中から吸い取るようになった。沖積層の地層の水分が、だんだんなくなって、柔らかい地層が圧密して地盤沈下を招いている。この地盤沈下も、はじめは江東地区で起こり始めたが、工場群や集団住宅が荒川(放水路)に沿って上流にのびてきたので、最近は東京都内で足立区が最も沈下が大きく、川口市、戸田市、蕨市、浦和市まで沈下がすすむようになった。


 このままでは、台風時の災害が大きくなるので、昭和四十年一月五日に通産省令で、深井戸の揚水を一年後には全面的に禁止することにし、地盤の沈下をくい止めるようになった。しかし工業用水は工場生産の生命線であり、水を止めることはできないので、足立区では、荒川の南側の地区に工業用水道を設備し、地盤沈下をようやく、くい止めている。昭和四十三年までには、足立区全域に、この施設ができることになっている。

 昭和四十一年一月から三月までの間に東京都土木技術研究所と国土地理院で水準測量をした地盤沈下の数字は、第2表および第3表のようになっている(第21図参照)。

 軟弱な沖積層に立地している足立区の地盤沈下は宿命的なものであるとしても、1日も早く地下水の揚水を規制して、地下水位の低下と、地盤の圧密沈下を防がなくてはならない。

第3表 水準基標測量      東京都土木技術研究所調査 昭和41年2月
基標番号 所在地 真高 変動量 記事
町名 目標 m mm
量(2) 六町1332 吉田義雄宅前 1.7091 -58.9
〃(4) 中川五丁目7 氷川神社境内 2.3428 -69.3
〃(5) 六ツ木町617 北島かめ宅内 3.4442 -115.3
(3365) 千住仲町56 東海銀行千住支店前 1.4281 -16.9
(Ⅳ) 梅田一丁目1 千住新橋北真福寺境内 1.1757 -61.0
(2002) 梅島一丁目13 東武線梅島駅踏切北 0.0827 -107.2
(2003) 保木間町2722 増田橋北 3.0704 -45.4
(2004) 〃 大曲法華庵向側 3.3146 -41.5
旧葛(1) 柳原町二丁目35 山崎製作所前道路上 -1.1710 -34.0
葛(1)  〃 二丁目49 柳原小学校校内 0.0498 -34.4
足(1) 千住元町49 さつき化粧品店前 0.4991 -31.5
〃(2) 本木南町21 矢野美容室前 0.8989 -40.5
〃(3) 宮城一丁目27 宮城公園内南詰 0.9251 -52.2
〃(4) 北堀之内3 堀内商店前 3.0451 (40)
改埋
〃(5) 新田二丁目14 新田小学校校内 0.4027 -76.5
〃(6) 北鹿浜町1588 秋元精米店前 1.4188 -106.5
〃(7) 谷在家町481 浅香喜代次宅脇 2.2288 -70.8
〃(8) 入谷町 五反田橋西 3.0529 -55.2
〃(9) 舎人町1316 駐在所前 3.8647 -38.5
〃(10) 伊興町前沼1259 本石橋脇 旧2.7720
新2.7896
-85.7 (40)
改埋
〃(11) 西新井町382 松山釣具店向側 2.0507 (40)
改埋

 

基標番号 所在地 真高 変動量 記事
町名 目標 m mm
足(12) 六町1636 鷺田橋南 1.6773 -58.3
〃(13) 花畑町5439 山田太次郎宅前 2.3187 -74.3
〃(14) 内匠本町27 内匠橋火の見下 2.4697 -34.7
〃(15) 中川四丁目11 大谷田橋東 0.6307 -126.0
〃(16) 弘道二丁目30 第二排水場内 -0.0157 -147.4
〃(17) 千住緑町二丁目2 北千住公園内 1.6723 -4.0
〃(18) 千住大川町54 萩原貞一宅前 -0.6922 -83.5
〃(19) 本木町二丁目1797 関原小学校内 0.8623 -78.6
〃(20)   〃五丁目 三島神社境内 1.3008 -57.5
〃(21) 西新井町1245 第五中学校内 2.1928 -76.9
〃(22) 上沼田町1004 北野神社脇 1.1082 -82.5
〃(23) 中央本町三丁目11 山崎理容店脇 0.1064 (40)
改埋
〃(24) 東和三丁目17 蒲原中学校々庭内 -0.2661 -115.3
〃(25) 佐野町105 柳原神社境内 1.1717 -130.2
〃(26) 保木間町945 西光寺境内右側 2.9092 -18.6
〃(27) 古千谷町784 浄光寺境内 3.1585 -67.1
〃(28) 島根町357 安穏寺側門内 1.8962 -73.6
〃(29) 神明南町92 区土木材料置場内 0.8342 -95.5
〃(A) 興野町323 西新井小学校々庭 1.3370 -118.5
〃(B) 梅田三丁目27 梅島第二小学校々内 -0.2463 -60.0
〃(C) 西加平町939 西加平交番前 1.0247 -147.9
〃(D) 西綾瀬三丁目19 長性寺住職岡田素関前 -0.2229 -78.3
(11111) 花畑町3537 長建寺境内 2.0534 -70.8
(11112)  〃 1 鷲神社境内東 2.8010 -44.8

 


 第3表によると東京都土木技術研究所では足立区内に四十五か所の水準測量の基点を設けて、その地盤高の変動量を調べている。第21図はその地盤高図である。

 また中央本町の都立足立高等学校に地下水の変動を調べる観測井があって、毎月それを記録している。ここの観測井の地下水は、昭和四十一年一月、四一・五五七メートルで、昭和四十一年度一年間に一・二五メートル沈下した。

 足立区では地表面近くに自由地下水があるが、この地下水は湿地植物の分解した有機物や、大腸菌類が多量に含まれていて飲料水にならない。また工場近くの自由地下水には、シアン化合物・水銀・有機リン・ヒ素などが含まれている。しかし沖積層中に砂層や礫層のある所では、この層でこされた地下水が得られる。沖積層の深度の大きい所は、足立区では五〇メートル以上もあり、その間に砂層や礫層があり、沖積層の間だけでも三か所以上の地下水が流れている(第18図参照)。この地下水の流れを水道(みずみち)といっている。

 しかし、古利根川の沿岸地帯の埼玉県の地域では、洪積世時代の古東京湾の海水が閉じ込められているので、深度二〇〇メートルぐらいの所は、井戸水がはなはだしく汚染されている。

 足立区には、古東京湾の海水でなく、沖積世時代の奥東京湾の海水が閉じ込められている所が、花畑町付近から五兵衛町、綾瀬川沿岸にある。しお沼という沼まであった。また東和地域では、地下水中に多量のメタンガスを含んだ所もある。要するに飲料水としては、人体に有毒な物質を含まないことと、濁りや悪臭のないことが必要な条件であるから、できるだけ深く掘り下げて、良水を得ることがたいせつである。足立区千住元町六九番地の日建製紙株式会社が、製紙原料として使用していた三号井は、深さ二一〇メートルで、沖積層の層厚が五四メートルもある氷河時代の埋没谷である。同工場では沖積層から揚水しないで、洪積層一五六メートルの間にある砂層や礫層中から揚水していたが、その水質は検査の結果表のとおりである。

 この水質検査の記録によると硅酸の量が多いが、これは深さ二〇〇メートルをこえると、地質は洪積世の堆積物となる。当時は箱根火山、古富士火山が盛んに噴火していた時代で、これらの火山の噴出物が堆積しているので、それらの岩石中を通る地下水に硅酸が多いのである。また水温の低いのは、沖積層の層厚が大きいことに原因している。軟水で飲料水や食品工業に最適な水質だが、工業用水規制法により現在では揚水できない。

水質検査
調査年月日  昭和33年11月
P・H 7.85
電導度 142.00
M.アルカリ 78.00
全硬度 53.00
塩素 8.00
硅酸 35.00
水温 0.20
マグネシューム 3.20
カルシューム 16.60
炭酸硬度 53.00