足立区にあった観測所

59 ~ 61

 足立区内にもかつては二か所の観測所があった(第二図参照)。東京管区気象台編昭和三十三年出版の「東京の気象」によると、一つは足立観測所といい、足立区保木間町一九三一淵江小学校内に、一つは隅田観測所といって、足立区千住曙町五九吉沢サダ方となっている。現に旧足立区史(昭和三十年発行)には足立観測所の資料がおおいに役立っている。区内に観測所がない場合は立地条件のほぼ等しいところの観測所の資料によるべきであるが、最も近くにある金町観測所(金町浄水場)も廃止になっており、小名木川観測所(小松川町一丁目にあった)および深川観測所(江東区深川千石町都立化学工業高校内)も廃止になっている今日、隅田川以東わずか砂町観測所一か所という現状である。


 廃止の原因は、観測所には省(運輸省で設置するもの)と、篤志(教育上または業務上必要で観測した結果を好意的に通報する)の二種があり、後者は篤志によるもので、徳義的なものであり、これには権利、義務、督促、強制などの関係が、管区気象台と観測所の間にないので、通報が持続しなかったり、なくなった場合自然消滅の形で廃止になってしまう。前記廃止となった観測所はいずれも篤志に属する観測所であり、江東以外でも三田、池上の(いずれも学校)篤志の二観測所も廃止になっており、現在東京都主部の観測所はほとんど全部官設(省)のものばかりである。これは日日の天気、定刻の気温や最高最低気温、降水量、風速、風行、雹、霜、雷など諸現象の測定を記録し、十日ごとに管区気象台に報告することは、なみなみならぬ仕事であり、持続しない原因で、廃止のやむなきにいたったのである。また隅田川以東で砂町観測所以外、省設の観測所が設置されていないのは、必要性から考えて、砂町観測所と足立区に近い西ヶ原観測所で、間に合うということになり、右地域は広汎であるが、ほとんど同一気象条件下にあると推察する以外にない。

 区内または近くに観測所のないことは、一見その地区の気象について調べるのにまったく手の付けようもないと考えられるが、夏に多いしゅう雨や、雷雨、また竜巻(たつまき)のように、同一地内でも差異のある気象現象を除いて見れば、足立区の気象、葛飾区の気象、江戸川区の気象というように同一条件の地域では、おのおの特異性をもつほどのものでもない。したがって東京都の場合、山麓地域、台地地域、平野地域、海岸地域、島部地域といったように大別して見ると、その地域共通の気象条件も発見されるし、また等高線や、季節による等温線の変化、降水量の等量線などの資料に基づいて、その一部に属する当区もほぼ察知しうるという観点から、東京都の気候の分類、特長などを記し、これによって足立区の気候を推察することにする。