埼玉県の遺跡

118 ~ 119

 江戸袋の貝塚は毛長堀延長の中居堀対岸の東光院境内(川口市大字江戸袋一〇〇七)にあり、約一七平方メートルの小規模なもので、縄文式後期の加曾利B式の土器を出土した。貝類は淡水産と海水産のものを含み、七種類ばかりである。この東光院の貝塚は、足立区から北方三〇〇メートルの地点にあって、前記のとおり大宮丘陵の最南端に位置し、東は古利根川、綾瀬川に、南は荒川に面しており、足立区に一番近く、比較的低地にある貝塚として、めずらしいものである。また、この貝塚の存在によって、当時の海岸地形や汀線の後退を知ることができる。



 この東光院の貝塚のすぐそばには、別に小規模な貝塚が二か所あり、さらにこの丘陵の続きには、川口市内、旧新郷村大字貝塚の史跡新郷貝塚をはじめ、大字東本郷、同大塚、同前野宿にも貝塚がある。また、隣接の安行領家猿貝の貝塚は、縄文式土器編年型式の標式遺跡として有名である。これらの貝塚はいずれも淡水産および鹹水(かんすい)産の貝類を含んでおり、縄文式後期の貝塚である。