須恵器は細密な良質の粘土を胎土とし、きわめて高温の還元炎によって焼かれたもので、表面に吹出釉(うわぐすり)の現われているものが数多く、色はねずみ色または暗青色を呈している。狭間からは、盤、坏、高坏、盌、脚付盌、坩、甕、𤭯(はそう)、瓶、横瓫(よこべ)が出土し、また歴史時代に属すべき陶質の焼物も出土している。
須恵器は土師器の出土数よりはるかに少ないが、その形はおおむね同種類のものである。これらの土器はすべて轆轤(ろくろ)を使用して製作され、色調は灰色または暗青色を呈すものが多く、焼成は堅緻(けんち)なものと、粗雑なものとがあって、前者には自然釉(うわぐすり)の付着したものがある。文様はほとんど見るべきものがなく、成形の際に生じた刷毛目または櫛目の捺押(なつおう)文様が多く、中にはへらなどを用いて平行線を描いたもの、水平に櫛目を波状に引いたもの、また短線斜行縄文に似たものなどがあり、いずれも頸部から胴部にかけて施されている。一方、文様ではないが、意味不明の刻線が往々にして施されており、坏の底部や、外側に二本の直線が交差して十字状になっているものなどがあるが、おそらく窯印(よういん)であろうといわれている。取っ手のあるものは少ないが、環状のものがみられる。また、坏のうちで、底部の面に一見木輪状の印痕(いんこん)があるもの、いわゆるひねりどめとよばれた手法が使われているものがあるが、おそらくこれは古墳時代の末期に用いられたものであろう。
須恵器の破片の中には表に波状文や打敲文(だこうもん)のあるものや、内部に渦文をしるした品が多くある。とくに、大型で内面に同心円のたたき文様のある破片が多い。また内面の同心円文のほかに、外面には基盤(ごばん)目網文様などをつけているが、これは土器製造の折りに、内外両方から打ちたたきつつ形態を整えた際につけられたものであろう。大甕はもっぱら日用の容器であり、おそらくは居屋の裡(うち)に掘り据(す)えて、水などを貯えるため使われたに相違ない。したがって、その遺物が発見された場所は住居跡とみなすことができる。狭間からはほとんど完全な形に接合できる、胴の直径九〇センチに近い大型のものが出土している。