土製模造品

144 ~ 145

 石製模造品に対してほぼ同一の目的用途のもとに作られた遺品である。

<土器類> 祭儀用の土器には、日常使用の高坏、坩、坏、皿の類をそのまま用いた場合もあるが、とくに小型粗製の土師器が用いられた。いずれも手捏(こ)ね粗製の小型品で、一見実用品とは考えられないもので、ほとんど全部が土師器に属し、形状からいえば、狭間からは坩、盌、皿の類が出土している。表裏著しく凹凸のものがあり、装飾は少しも施されず、小型のわりに厚肉であり、ことに底部がたいへん厚く、中には内部に形ばかりの凹をもつ程度のものもある。また内部へとくに指頭をもって抉(えぐ)った痕(こん)跡をとめているものがあり、焼成不完全で吸水性が強い。中には底に木葉を印したものもある。これらのものは祭祀に当り特別に製作されたもので、祭儀が終れば棄却または埋めたものと考えられる。


 狭間発見の土製模造品は、前記の祭祀用小形土器類のほか鏡、勾玉、丸玉、棗玉、管玉類がある。

<土製玉類> 土製のものは、その硬度や色沢に取上げるほどのものがなく、服飾遺物とは思われない。おそらくは一種の仮器として臨時の用に供せられたものであろう。

<土製鏡> 土製鏡は伊興常福寺地区から土製鏡の精品二を出土している。ほぼ円形で鈕(ちう)を円く隆起させ、鈕孔は途中までしか穿たれないで貫通していない。胎土はすこぶる良好で黄褐色を呈し、鏡面滑沢な精品である。径四・五センチと四・七センチの二面で、ともに厚さ約〇・四センチである。

 大場磐雄博士はこの土製鏡につき次のように述べている。その形状は有鈕(ゆうちう)式で安房洲宮その他の品と類似しており、付近伴出遺品に滑石製勾玉もあり、同所出土の土師器の形式は和泉式と鬼高式であるから、大体五世紀後半のころのものと思われる。(『武蔵伊興』)