五 保木間・竹塚の遺跡

162 ~ 163

 毛長堀沿岸の水神橋および法華庵付近から、土師器や須恵器の破片を多く出土している。この地は花畑の地続きで、水神橋付近からは土師器の高坏、坩、盌の破片および筒状の土錘、須恵器の坩、盤の破片が比較的多く、また土製模造鏡も出土している。その鏡はほぼ円形で四分の一ほどを欠き、扁平の鈕があり、鈕孔は貫通している。黒褐色の粗造品で、経約四・七センチ、厚さ約〇・五センチである。

 法華庵付近からは土師器の小型坩、和泉式二個を出土している。

 竹塚の地名は古墳に関係があり、『新編武蔵風土記稿』に、「小名、駒形耕地(伊興との境)に小さき塚二つ三つあり」とあるが現存しない。

 竹塚神社付近からは、土師器、須恵器の破片を出土している。土師器は坩、高坏などの破片で、土質焼成共に良好、赤褐色を呈し、またよく研磨されており、明瞭にろくろを使用して整形した跡がうかがわれる、鬼高式のものである。須恵器は坩や甕の残片と思われるもので、その数はきわめて少ない。