租税の種類

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 江戸時代の租税の種類は年貢、小物成、浮役の三種からなっている。

「年貢」は、物成、取箇(とりか)、本途、本免などといい、石高に賦課する田畑、屋敷の地租で、米の現物を上納するのを原則としているが、一部分は麦、大豆その他の雑穀を代納し、あるいはのちに金納が認められたところが多い。またその貢納物のうち、田地は玄米、畑地は永(えい)取といって金銀をもって納めた。

 また年貢には付加税として欠米、込米、口米(口永)などがあり、毎年の収穫米の三割から六割ぐらいを徴収したものがある。(1)欠米(出目米)は年貢輸送上の欠損を補うための徴米であり、(2)込米は貢米升量の際に生ずる不足米を補うための徴米であり、(3)口米(口永)は加徴米金であり、元和二年(一六一六)に幕府では、貢米一俵、三斗七升につき口米・欠米とも一升ずつ、銭納の時は百文につき三文の口永と定めたが、正保元年(一六四四)に関東方では、三斗七升につき一升と定めたとある。次に年貢に類するものに、市街地、宿場等の宅地に課した地子(じし)がある。本区では日光街道千住宿がそれに該当する。しかし江戸・京都・大阪・名古屋などのように地子を免除された都市が少なくなかったが、税収入としての地子はあまり重視されなかったようである。寛永四年(一六二七)千住宿地子御免五万坪とあるのは、伝馬のために地子免となったもので、宅地租の免税である。

 「小物成」とは雑税の総称である。これは年貢に対する小年貢の意で、正租以外の上納米金をいい、年々一定の税額を定納するのを普通とした。小物成すなわち小年貢は、山林・原野・河海・池沼・四木(桑・楮・漆・茶)、三草(麻・藍・紅花)などに課するものと、商工業その他の生業に賦課するものとに大別される。たとえば、小物成には山年貢・野年貢・萱野銭・川役など、その他ところによっていろいろあった。本区地方には山年貢とか山役というものはない。

 小物成は、徴租台帳ともいうべき郷帳に村別に登載したが、村高には編入しないことを原則とした。これに反し、郷帳に登載しない雑税を「浮役」と称した。何々分一・何々運上・何々代・冥加などと称するもので、一定期間または臨時に徴収し、あるいは年によって税額を異にするなど、税源や税額の一定しない点に、前記の小物成と区別されるが、営業者や市街地居住者、職人などに課せられる租税の多くは浮役で、いずれも金納をたてまえとした。

 右に述べた年貢の納期は収穫の年から、翌年にかけて行なわれた。これはその土地の遠近や交通の便不便によって一様ではないが、その皆済すべき期月が定められていた。幕府の皆済期月を見ると、享保二年(一七一七)および延享二年(一七四五)の規定(月は収穫の翌年の月のこと)では次のようである。

  正月  武蔵・上野・下野・上総・下総・安房・常陸・相模・伊豆

 「注」(皆済期月の最後は七月で、越前・越後・能登・出羽となっている)