郡代・代官の職掌

279 ~ 283

 郡代・代官の職掌は、地方と公事方に区別されるが、次に一括列挙する。

 地方(ぢかた)

1 宗門人別帳を各村から提出させて宗旨を調べ、戸数人口を集計し、前年との増減を調査して上申する。

2 五人組帳を各村から提出させてこれを調べる。

3 夫銭帳を各村から提出させて検査し、認証して下付する。

4 定免を出願するときは可否を審査する。

5 定免年季明けの切替えをするときは検査する。

6 免上・本免入・免直・田成・畑成・潰地・損地起返え、その他の増減租について、土地を実地検査する。

7 河川の堤防・用水悪水の圦樋・橋などで、官営のものを修繕する。ただし国郡によって、勘定所直轄の地は、勘定・普請役を特派して監督させる。

8 小物成・水車運上・質屋かせぎ・冥加金などの雑税で、新規に出願し、または年季切替えを出願するときの審査、裁量。

9 官林・官道の並木の管理と、その払下げなどのこと。

10 非常用として各村の郷蔵に備蓄してある米穀の巡検。

11 酒の密造などの取締りと巡察。

12 洪水の時は堤防・橋の防備。

13 新田の検見・石高の査定・検地帳の村方への下付のこと。

14 荒地の臨検と、減租額の調査。

15 秋の検見・巡回・地租の決定。

16 年貢の割付けのこと。

17 租税の収納と、江戸その他の倉庫への廻漕運輸のこと。

18 年貢皆済目録を調製して、金穀収納の時々に交付した小手形と引替えて、各村に下付すること。

19 天災に罹り、家産を失って困窮するものに対する救済。たとえば郷蔵貯蔵の米穀分配や農具代などの年賦貸し。

20 未亡人・生活困窮者の救済、孝子・貞婦・義僕の褒賞、養老米などのこと。

公事方

1 人民の風紀を正し、博奕・売淫・芝居興行などの取り締まり。

2 人民の保護と兇賊・博徒などの逮捕と、その裁判、処刑。

3 説諭、訴訟の審判のこと。

4 訴訟の解決しないものの公事方勘定奉行所への具申。

5 変死人・負傷者、火事のときの検視と処断。

6 軽賭博犯の処罰。

7 逃亡者のあったときに親類・組合・村役人への調査の手配。罪のない者で六か月経過して発見できないときは、人別帳すなわち戸籍から除き、刑事に関係のある者のときは、永尋といって無期間に尋ね方を命ずること。

8 久離勘定(戸籍から除き親族の縁を切ること)を願うものがあれば、その事情と本人の行跡を調べ、これの許否をすること。

9 猟師と害獣・害鳥を打つための鉄砲所持の願出に対する許否。

村役人 江戸時代の郷村の組織の特色は、村役人と五人組である。村役人とは名主・年寄・百姓代のことで、これを地方(ぢかた)三役という。

名主 名主(関西方面では庄屋という)は村方役三人の長として、支配内の治安をはかり、農事・租税・裁判・村民の代表・保護・官の命令布達の配布、道路・堤防・土木・宗教調査等、代官役所の命令にしたがって一切の公務を処理し、かつ、これらに関する主要帳簿の主管を掌(つかさど)った。その選任は当地方ではたいてい、官選で、多くは世襲であった。普通、一町村内一人であるが、大きな町村では二名を置くところもあった。

 名主は有給(給米)で、村総高百石ないし百五十石に対して、年二俵、二百石ないし三百石は四俵、四百石ないし六百石は五俵、七百石ないし千石までは八俵、千二百石ないし千五百石までは十俵と定め、その町村内の年貢より支給された。これを役高という。

 幕府はしばしば町村に布達して、庶民が生業に励むべきこと、あるいは勤倹を守るべきことなどを、名主に監督する権限を与えた。

 なかには名主の家に仮牢を設け、訓戒懲治の任にあたったものもある。また管内の村民の奢侈(しやし)は、つよく誡められ、それに違背するときは名主の「落度」とされた。また営業の取締り、道路橋梁の修繕、徴税や会計などの監督および責任もあり、特に徴税の事務は、最も重んぜられ、たとえば貢米の米質の粗悪、計量の不足、あるいは俵の包装不完全などは、納税者一人の責任だけでなく、名主をはじめ、村民全体の「落度」となった。

 また村民のうち納税の義務をまっとうすることのできない者がいる場合は、村民一同でこれを代納する義務があり、また財産相続、養子縁組の場合には名主や五人組の承認を必要とした。そのほか土地の質入れ、家屋の売買、金銭の貸借などみな名主の承認、加判を要した。

 以上、名主の権限は大きなものであったが、責任もまた重く、監督不行届の過度で、免職や過料などの罪に問われたものもある。

 名主の役所は名主の家を役宅とし、すべての事務を執った。玄関の入口には、「袖がらみ」「六尺棒」「高張提燈」などが、型のごとく置かれるのを例とした。なお、触継(触次)とは、名主のなかから選ばれたもので、郷村の各名主の連絡・通達にあたった。これは総代名主が兼任したようである。

年寄 名主を補佐して事務を処理する役で、各町村に一名ないし二名を置き、はじめは五人組の筆頭、すなわち組頭から選ばれたが、のちには村民中から、算筆に長じ、信望と才幹あるものを、多くは民選できめた。公用の文書の記録、一般事務処理のほとんどを担当したのがこの年寄である。任期は一年ないし数年であった。

百姓代 町村民の代表者とし、かつ名主以下の職務を担当したもので、村内の大高持ちの百姓から、一人ないし三人くらいが民選で決められた。つねに村政にあたり、町村費、その他、割付け、配当などに立ち会い、また村民のために名主に交渉するなど、百姓側から行政機関に申し出をする場合の、総代責任者であった。また年貢米が郷倉に出納される場合に、名主らに不正がないように立ち合い、名主とともに封印する役でもあった。

 そのほか千住宿のような宿駅には、宿役人がおかれていた。すなわち問屋場であるが、これは駅制の項で述べることにする。