南足立郡役所の庁舎について、『南足立郡誌』(大正五年発行)によれば
「明治十一年十一月郡役所を置かれたる当初にありては千住町内の民家(一丁目永野氏宅)を借り、あるいは千寿尋常高等小学校々舎の一部を借り以て之に充てたりしが、規模狭隘なりしを以て、明治二十年三月千住町大字千住一丁目の地を卜し、建築の工を起し六月工を竣る。工費五千六百四十三円四十二銭三厘の内三千三百四十六円は地方税より支出し、二千二百九十七円四十二銭三厘は郡内有志の寄付金を以て之に充つ。総建坪百八十八坪七合五勺洋風二階建なり。郡書記十名、雇員二名、郡視学一名ありて庶務、会計、税務、教育、勧業、兵事、土木等を分掌し、一町九か村の行政監督をなす。庁内に郡農会、教育会、帝国在郷軍人会、南足立郡聯合分会、水利組合など郡内各種団体の事務所を置く。」
とあり、また旧『足立区史』には郡役所について
「洋風二階建百八十八坪の一大庁舎を工費五千六百有余円で建築した。この庁舎は当時千住町の偉観とされたものであったが、三十有余年を経過した大正の初期になって次第に老朽し、その上事務事業の増加につれて狭隘にもなったので、東京府は大正十二年に工費八万有余円で洋風二階建、建坪二百五十四坪の木造庁舎を新築したが、大正十五年七月一日郡役所廃止により閉鎖された。」
と記されている。