一 市郡併合への胎動

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 明治二十二年町村制施行当初から町制を施行していた千住町のほかに、梅島村と西新井村とが昭和三年に町制を施行したことは前記のとおりである。これらの町は、大震災の脅威におびえた市民が多く移り住むようになり、また会社や工場の設立によって、耕地が開拓され住宅地となってきたため、東京市の人口のはけ口として急激に発展してきた。したがって経済的にも社会的にも東京市と一体をなすものであるにもかかわらず、制度の上ではまったく別個の自治体として独立している状態で、生活の実体とこれを支配する制度とが一致しなくなった。

 しかも無統制に発展してきた町村は、町村経営の負担に苦しめられ、年々激増する小学児童を収容する小学校経営の負担にも、また道路の維持管理にも行き詰まった。

 このような状態で郊外町村の多くが、行政上の不便と実際生活上の必要から、いずれも、東京市と併合する以外にこの行き詰まりを打開する道はないと考えるに至り、市郡併合の気運がようやく濃厚になってきた。かくて昭和六年四月五日、同五月二十六日の二回にわたり日比谷市政会館講堂で、隣接町村併合問題座談会が開催され、次いで名古屋、大阪、京都各市の市域拡張の視察を終えて帰京した東京市の都制に関する実行委員が、六月十一日の荏原郡をはじめ、隣接五郡の町村長やその他の有力者と、本問題に関する懇談会を開いた。南足立郡では六月二十六日、千住消防署の楼上に、千住町長横山佐助、江北村長矢萩千代吉、梅島町長瀬田孝三、綾瀬村長吉田四郎平、花畑村長千ヶ崎嘉助、東淵江村長金子錦治、淵江村長坂田新之助、舎人村長弘田真澄、西新井町助役近藤靖氏のほか、各町村の助役および町村会議員が多数出席してこの問題を討議した。これが導火線となって、市郡併合に対する町村側の意向に、いよいよ拍車がかけられた。

 これより先、隣接三十六か町村会議長を中心とする「隣接町村併合促進同盟会」が結成され、六月二十三日に日比谷市政講堂で発会式をあげるとともに、左の宣言決議を可決し、役員を選定して、目的達成のため邁進(まいしん)することを申し合わせた。

「    宣言

我等は都市計画的なる諸設備の完備する大東京の実現を希望する。郊外居住民を合する五百万の都民大衆は、その社会生活に於て、全く同一なるに拘らず制度的に分立して各個各別なる小施設に籠城し、統制ある文明都市としての大施設を見る能わざるは、我等都民として損失これより大なるはない。

更に今後の大東京には、偉大なる使命がある。帝都としての大面目を具有すべきは勿論国際繁栄都市としての容相を完備しなければならない。今や実に万難を排してその根幹を築くべき最後の実行期に入ったのである。都民大衆は都市計画的なる秩序と統制下に結束し、この大理想実現に向って跳躍しなければならない。即ち我等は此処にその前提として小異小利害を一擲し、東京市と隣接町村との併合の即時断行を熱求して已まないものである。

 右宣言す

    決議

我等は、大東京実現の急務なるを痛感し、東京市と隣接町村との即時併合断行を熱望す。

 右決議す

  昭和六年六月二十三日

                     隣接町村併合促進同盟会  」

 この宣言決議は実行委員から東京市長、東京市会議長、ならびに東京府知事に手渡された。

 かくて東京市においては、六月三十日に左記隣接町村併合に関する建議と、隣接町村合併促進に関する建議が満場一致可決された。

「  隣接町村併合ニ関スル建議

    主文

本市ト緊密ノ関係ニ在ル隣接町村ヲ合併シ相互ノ福祉増進ヲ企図スルハ刻下ノ急務ナリト認ム仍テ之カ目的達成ノ為都制ニ関スル実行委員ニ機宜ノ処置ヲ一任セラレムコトヲ望ム

    理由

近時東京市隣接町村ノ発達ハ特ニ顕著ニシテ其ノ内容外観ニ於テ全ク市内ト択フトコロナキノミナラス本市ヲ核心トシテ渾然タル有機的一体ヲ成シ相互ニ同一緊密ナル関係ニ在リ之ヲ内外ニ於ケル大都市ノ事例ヲ見ルニ何レモ其ノ関係密接ナル外延的地域統合シ教育衛生交通土木上下水道其ノ他諸公益企業等百般ノ都市的事業施設ノ合理的経営ニ多大ノ成果ヲ収メツツアルニ拘ラズ独リ本市カ其ノ隣接町村ノ編入ニ後レ大都市行政遂行上大ニ欠クルトコロアルハ甚ダ遺憾ナリ仍テ此ノ際本市ト社会共同生活上密接不離ノ関係ニ在ル隣接町村合併シ名実共ニ帝都ノ威容ヲ整へ共存共栄ノ実ヲ挙グルハ刻下ノ緊要事ナリト信ズ之本建議ヲ為ス所以ナリ        」

「    隣接町村合併促進ニ関スル建議

本市ト緊密ノ関係ニ在ル隣接町村ヲ合併シ以テ相互ノ福祉増進ヲ企図スルハ刻下ノ急務ナリト認ム仍テ理事者ハ之カ目的達成ノ為適当ノ機関ヲ特設シ速ニ其ノ実現ヲ期スル措置ヲ講セラレムコトヲ望ム

 右建議ス                           」

 右の二建議によって明らかなように、市会は従来の都制または特別市制の施行よりは、まず隣接町村併合をその前提として実現させる方が急務であるとし、東京市理事者もまた真剣にこの問題を考慮し、市長は七月二十九日臨時市域拡張部特設案を市参事会にはかり、その議決を得て八月二十四日臨時市域拡張部処務規程が発表され、二十八日から事務を開始し、各町村の実態を調査研究することになった。これに対し各町村側でも町村長会を中心として市郡併合交渉委員会、または市町村合併連合協議会などを組織し、問題解決にのり出した。