その後、数次にわたり特別区の事務事業は、変革が加えられ、昭和四十年四月一日、東京都から特別区に対し、事務移譲が行なわれ、本区においても大変革がもたらされた。
すなわち、昭和三十七年九月、都制調査会の「首都制度に関する答申」同年十月第八次地方制度調査会の「首都制度当面の改革に関する答申」の両答申は、ほぼ共通して都が広域的一元的に処理することが適当と考えられるものを除き、住民の身近において、その意向を反映しつつ行なうことを適当とする事務事業は、特別区に移譲し、住民福祉のいっそうの増進を図り、東京都を身軽にし、府県的広域行政に専念できるようにするとともに、特別区については、その事務処理権能および税財政面において、おおむね一般の市なみの権能を与えることにより、その自主性を強化し、東京都と特別区および特別区相互の連絡協力関係を確立すべきであるとし、昭和三十九年七月十一日法律第一六九号により「地方自治法の一部を改正する法律」が制定され、昭和四十年四月一日から実施されたのである。
特別区への事務移譲は、東京都と特別区間の事務配分の合理化で、福祉事務所の設置、生活保護、老人福祉など社会福祉に関する事務、保健所の施設管理に関する事務、伝染病予防、トラホーム予防等の保健衛生に関する事務、土地区画整理事業、建築基準行政に関する事務等が移管され、特別区の行政権能の拡大強化の方向がとられた。
また、これに伴い、都区協議会が制定され、東京都と特別区間の財源配分の合理化と、特別区の自主財政権の強化が図られた。