綾瀬地区

814 ~ 816

 96 龍岩寺 辰沼町四〇八にあり、浄土宗で、本尊は阿弥陀如来(身長約八三センチ)、専念山無量寿院と号する。寛政年間(一七八九-一八〇〇)の創建で、開山を徳因上人という。境内の子安観世音には子育てを祈願するものが多い。当寺に正保二年(一六四五)五月の墓碑がある。

 97 法立寺 上谷中町一四〇にあり、日蓮宗で、本尊は日蓮上人奠定の大曼荼羅略式木像、常住山と号する。寛永年間(一六二四―一六四三)の創建で、開山は法寿院日立上人(寛永七年三月十八日示寂)開基は上総の住人、平賀平内左衛門尉という旗本である。境内に樹齢約三百年の榎(えのき)、百日紅(さるすべり)などがある。また寛永十六年(一六三九)十月六日の五輪塔がある。

 98 円泉寺 東加平町三六二にあり、浄土宗で、本尊は阿弥陀如来、円光院と号する。延宝年間(一六七三-一六八〇)の創建で、開山を単蓮社歴呑和尚という。現在の本堂は昭和二十八年十月の建築である。当寺に寛永六年(一六二九)七月二十三日の供養塔、寛政九年(一七九七)正月、文政十一年(一八二八)十二月の庚申塔がある。

 99 養福寺 もと普賢寺町、今の綾瀬二丁目一九の一三にあり、新義真言宗で、本尊は薬師如来、文珠山薬師院と号する。もと南葛飾郡亀青村青戸宝持院の末寺、永正年間(一五〇四-一五二〇)賢空によって中興した。荒川辺八十八か所の第五十三番の札所にあたる。なお普賢寺の地名は、当地に隣接する葛飾区上千葉町の普賢寺の寺領であったことに由来する。当寺に寛永六年(一六二九)十月四日の五輪塔、享保十九年(一七三四)の庚申塔、宝暦三年(一七五三)の宝篋印塔がある。

 100 観音寺 綾瀬四丁目九の六にあり、真言宗豊山派で、本尊は十一面観世音、稲荷山蓮華院と号する。開基は当地の開発者、金子五兵衛である。五兵衛新田の地名は正保のころ(一六四四―一六四七)からすでに見え、五兵衛は寛永四年(一六二七)に没し、開田院と号した。古くから一村の菩提寺として村民の崇敬あつく、現在の本堂は大正四年の建築である。荒川辺八十八か所の第五十一番の札所である。当寺の門前に寛文四年(一六六四)十二月十五日の観音像がある。

 101 長性寺 西綾瀬三丁目一九の一九にあり、新義真言宗で、本尊は不動明王、真光山荘厳院と号する。寛永元年(一六二四)の創建で、開基は岡村紀宿称(きのすくね)元春である。文化五年(一八〇八)第十二世頼専が、紀州根来山から宗祖興教大師を奉遷し、法流いよいよ栄えた。今の本堂は大正十三年の建築で、木造瓦葺きである。荒川辺八十八か所の第五十番の札所にあたる。当寺に明暦二年(一六五六)五月十五日の石碑がある。

 102 龍慶寺 五兵衛町七〇六にあり、曹洞宗で、本尊は釈迦牟尼仏、淵江山と号する。正保三年(一六四六)八月の創建で、埼玉県北葛飾郡幸松村、浄春院第七世天室香梵和尚を拝請して当寺の開山とした。開基は牛込五郎兵衛といい、また寛永八年(一六三一)に勧請した薬師如来は聖徳太子の作という。宝物に承陽大師木像、常済大師木像、閻魔大王木像、釈尊誕生銅仏、釈尊涅槃図、十三仏画、十六善神画等がある。

 103 薬師寺 綾瀬一丁目一四の二〇にあり、真言宗豊山派で、本尊は不動明王、宝珠山普門院(古くは不動院)と号する。長谷寺の直末で、寛永九年(一六三二)四月の創建、開山は賢明法印、開基は根本佐右衛門である。宝物に火焰のない不動明王の立像がある。荒川辺八十八か所の第五十二番の札所にあたる。当寺に寛文五年(一六六五)八月二十五日の墓碑がある。