沿革 神田ばやしの流れを汲み、今から二百年ほど前からつづいているという。江戸時代の末期、田口峯吉という人が、明治初年にかけ、西新井、六月、栗原、谷塚、舎人などの各地にひろめた。戦前は元旦から七草の日まで、町内全域を流して歩いたそうであるが、近年の交通事情とその他の理由から、今では島根町鷲神社の祭礼だけに行なわれている。
構成 小太鼓二、大太鼓一、かね一、横笛一の五つの楽器からなり、「神楽ばやし」のときは大びょうし一つが加わる。「神楽ばやし」は「おかめ、ひょっとこ」「きつね、大黒」の踊りにあわせてのはやしである。このほかに「獅子舞い」にあわせてのはやし、はやしだけのもの、悪魔を払うための「まものばやし」などがあって、江戸時代の素朴な表現を今に伝えている。
現状 現在このはやしを受けついでいるものは、十五人ほどしかなく、いずれも本業は農業である。近年の土地開発のため、農家が減り、加えて練習に多年を要すため、習うものが少なく、この民俗芸能も絶滅の一歩手前に瀕(ひん)している。