白旗塚(白幡塚)

876 ~ 877

 伊興町白幡一〇〇六番地にあり、広さ約六〇平方メートルほどの土段円墳型の塚で、高さ二メートルばかり、上部に松が十五、六本生えている。東武線の竹の塚駅の西方のたんぼの中に見える。

 この塚は康平五年(一〇六二)源頼義、義家父子が奥州安部氏の反乱を鎮圧するため、千住からここに来り、土地の豪族の攻撃にあい、苦闘のすえ勝利をおさめたとき、この地に白旗を立てたので、白旗塚とよぶようになったという。

 『新篇武蔵風土記稿』によると、むかしからこの地に小さな祠があったが、この塚に近寄るとたたりがあるといい伝えられ、誰も近寄る人がなかったので、祠は廃絶してなくなってしまったという。また、塚の上には数百年を経た古松があったが、立ち枯れとなり、のち大風のため吹き倒され、そのとき根本から多くの武器が発見された、その中の一本の刀を家に持帰った人は、家族がみな病に患(かか)り、非常な苦しみをしたので、元のように塚の中へ刀を納め、その上に松を植継ぎしたともいう。この松は、二本松と称し、大松であったが、これも枯れ、現在は直径四〇センチにも足りぬ小松が植えられ、その中央に白旗塚と刻んだ石碑が建っている。