平安のころ、弘法大師は高野山を下り、諸国行脚の旅に出た。長いその旅の途中のことである。ある日、谷中の里から足立の土地へ渡ろうとした。大師は、長い旅のために衣服の手入れもできず、また旅の疲れで、ぼろのようになった僧衣の姿はみるもみすぼらしいものであった。
さて、舟着き場についた大師が、船頭はとみると、ちょうど川を渡ってこちらの岸に着き、客を降ろし終って、船のともづなを岸の柱にくくりつけたばかりだった。大師は大いそぎで船小屋に近づき、船頭に渡しを頼んだ。船頭はみすぼらしい大師の姿を見て、ごろりと横になり、手枕して眠り始めた。大師は三拝九拝して頼んだのだが、「乞食坊主のためにやたらと船は出せない」と、まったく相手にしない。この船頭は生まれつき酒に強く、しかも一たんいいだしたことは挺子(てこ)でもうごかないといったいっこく者であった。
大師はしかたなく河岸を歩きながら、どうしたものかと、河水の流れるのをじっと見つめていたが、やがて木の葉を三枚とって水に浮かべ、何か呪文(じゅもん)を唱えると、不思議にもその木の葉がたちまち船になった。大師はその木の葉の船に乗って難なく向う岸に渡ってしまった。
大師の後姿が向うの里へ遠のいていくころ、こんどは、土地の豪族が船着き場に供をつれて現われ、大声で船頭を呼んだがなかなか起きてこない。しかたなしに供のものが小屋にはいってゆすぶり動かした。やっとのことで起きた船頭は、豪族の姿を見てびっくりし、怒る豪族に平身低頭してあやまり、大師のときとはうって変って「さあ、どうぞ」と船に案内した。
ところが、いざ船頭が船のともづなを解き竿を突きさして動かそうとしてみると、びくとも動かない。おかしなこともあるものだと前へ後へ、さては右へ左へと竿を差してぐっと力(りき)むのだが、船は何としても動かない。豪族はイライラしてしきりに叱りとばすし、船は動かないし、すっかりあわてた船頭はただおどおどするばかりであった。さては、先程の乞食坊主めと、向う岸をみると、大師は遙か彼方を歩いて行く。
あとで船頭は、この僧侶が弘法大師であったことを知り、両手を合せて前非を悔い、立去った彼方を伏し拝んだ。翌朝、仏罰がとけたものか、無事に船は動くようになったという。