むかし、聖武天皇(七二四―七四八)の御代(みよ)、この足立郡に足立の長者という豪族が住んでいた。長者はなに不自由のない生活をしていたが、ただ一つ子どもに恵まれなかったため、紀州の熊野権現に子どもが授かるようにと熱心に祈願した。そのかいあってか、玉のような女の子が生まれた。喜んだ長者はさっそく足立姫と名付け、姫よ姫よとたいへん大切に育て、幸せな幾歳月がすぎていった。
やがて、美しく成長した足立姫は、縁があって隣郡、豊島の長者と話がまとまり、着飾った姫は多くの人びとに祝福されて嫁いだ。しかし、聞くと見るとは大きな違い、姑(しうとめ)との折合がどうにもつかない。足立姫はついに生家に戻ることを決意し、数人の侍女を連れて豊島の家を出た。
その道すがら、老いた父母を思い、身の行く末を思い、見送ってくれた多くの里人たちの顔を思い浮べると、その悲しみは激しく姫の胸をついた。沼田川にさしかかったとき、姫は、その悲しみに堪えられず、沼田川に身を投じてしまった。お付きの侍女たちもこれをみて、われもわれもと入水し、とうとう五人まで死んでしまった。
これを知った父親足立の長者の驚きと悲しみは大きかった。そして、姫や侍女の菩提をとむろうため出家し、諸国の霊場を参拝するために旅立った。紀州熊野権現にたどり着いたとき、姫にゆかり深い神なので夜ふけまで祈願していると、夢うつつの間に「霊木を授けるからこれで仏像を造り安置するように」との神の声をきき、正気にかえった。翌朝下山の道すがら神のお告げどおり光り輝く霊木を見付けたので、これを切り熊野浦に運んで海へ投げ入れた。月日を経て熊野路からはるばる帰宅してみると、その霊木はすでに沼田川に到着していた。この熊野の木が着いたというので、土地の人びとは、いまでもこの地を熊ノ木と呼んでいる。ちょうど江北橋の少し上流に熊ノ木の圦(いり)、熊ノ木排水場、熊ノ木橋というのがそれである。
さて、そこへ来合わせた行基(ぎょうき)(六六八-七四九年)に、長者はこの物語をして、仏像を彫刻してくれるようにお願いすると、行基も長者の仏心と、その奇跡に感心し、心よく承諾してくれた。行基はただちにこの霊木で六体の阿弥陀仏を彫り、さらに木があまったので、残り木で一体を造り長者に授けた。足立の長者は行基に深く感謝し、屋敷の近くに仏堂を建て、これらの仏像に朝夕の供養を怠らなかった。
はじめの六体を六阿弥陀、あとの一体を木余り阿弥陀といい、のちになってこの六阿弥陀を六か寺に分置することになった。この六か寺の名は弥陀の誓願によって、
第一は悲願に依り、後世は西方浄土に生まれ、福楽無辺の利益を得せしめ給うにより、西福寺と名付けた。
第二は息災延命、家門繁栄の利益を得せしめ給うにより、延命寺と名付けた。
第三はその上福寿無量に、諸願成就させ給うにより、無量寺と名付けた。
第四はわれら一切衆生に抜苦与楽の大悲をたれ給うにより、与楽寺と名付けた。
第五は常に一家親族に至るまで、安楽せしめ給うにより、もって安楽寺と名付けた。
第六は未来は極楽に生まれて、つねに光を放つの身を得させ給うにより、常光寺と名付けた。
木余り阿弥陀は、木余り如来ともいう。これらの寺々をまわって詣でることを六阿弥陀参りといって、春秋の彼岸には参拝の人びとでにぎわった。荒川をはさんで両岸に分布するこれらの寺めぐりは、江戸時代には、一日がかりの快適な行楽であった。
六阿弥陀仏の安置所
一番 北区豊島町 真言宗西福寺
二番 足立区下沼田町 真言宗恵明寺(明治二年延命寺が合併)
三番 北区西ヶ原町 真言宗無量寺
四番 北区田端町 真言宗与楽寺
五番 台東区上野広小路 天台宗常楽寺
六番 江東区亀戸町 禅宗常光寺
木余如来 足立区北宮城町 浄土宗性翁寺
足立姫の物語は以上七か寺の縁起によって多少のちがいがある。
性翁寺の伝には
「足立の宮城宰相の女子、豊島左衛門尉に嫁す。故あって神亀二年六月朔日侍女と共に荒川に身を投じて「死す云々」とある。
第二番の延命寺の縁起には
「沼田庄司の女云々」とあり、
第一番、第四番の縁起には
「豊島左衛門尉清光の女」とある。
第三番、第五番、第六番の縁起には
「足立従二位宰相藤原正成の女」とある。
また、嫁ぎ先の名においても第六番の縁起は
「足立少輔のもとへ送る」とある。
第四番、第五番の縁起にも
「沼田少輔のもとへ送る」とある。
つまり主客転倒して豊島の郡から足立の郡へ嫁いだように書き残されたものがあり、また足立郡内において行なわれたものと書かれたものもある。豊島左衛門の名は『東鑑』に見えている。また、いつごろできたか不明であるが、南無阿弥陀仏の頭文字を一より六までの寺にいれた御詠歌がある。
一番 南の字から廻り始めの其元木一世のうちにえんとなるらん。
二番 無(向)かふへは御法の舟で越す沼田二たび元の道にまよはじ。
三番 阿りがたや阿弥陀の浄土西ヶ原三界衆生のこる者なし。
四番 弥なが世で仏の花の種をまけ四かも田畑にみのるうれしさ。
五番 陀(た)くさんに唱へし口の此下谷五ともなしにひらく蓮台。
六番 仏体をめぐりしまひし亀井戸や六しん南無やあみだ仏国。