毛長川の起こり

889 ~ 889

 埼玉県新里に裕福な長者が住んでいた。その長者には一人の美しい娘があった。一方、川を隔てて舎人の里に、これもまた豊かな長者がいて、この長者には白皙(はくせき)の美青年の息子があった。すすめる人があって、新里の娘は舎人の長者の息子と結婚した。嫁入りして三年目の夏、新里の娘は、なぜか嫁入り先と折合わないで実家へ帰ることになり、途中沼に身を投げたので、里人は総出でその屍を探したが見つからなかった。それ以来長雨が続くと、沼は夜ごとに小山のような大波立てて荒れ狂ったので、里人はあの娘がこの沼の主になったのだというようになった。

 ある年の夏、数日の暴風雨が続いたのち、三、四メートルあろうかと思われる髪の毛をこの沼で見つけた里人が、長者の娘のものではないかと届けた。長者は感激してこれを神体として沼の主を祀ったので、沼の怪事はこれ以後なくなったという。現在新里にある毛長神社がそれで、これ以後毛長沼、毛長川というようになったという。また新里の千蔵院は、この長者の庫裡跡と伝えられ、舎人の諏訪社は、舎人の長者の屋敷跡と伝えられている。