猿仏塚

895 ~ 896

 栗原町の区立島根小学校前に「猿仏塚」がある。この起源は、三百四十年前、このあたりの農家に一匹の賢い猿がいて、留守番やら子守までした。ある日、いつものように猿が留守番をしていると寝かせてあった赤ん坊が泣きだした。家人がフロに入れると泣き止むのを思い出した猿は湯をわかし、赤ん坊をフロに入れた。

 ところが、猿智恵のかなしさで、湯をうめることを知らず、熱湯に入れてしまったために、赤ん坊はその夜死んでしまった。とんだことをしでかしたと思った猿は、それから数日間、飯も食べずに墓守りを続けて死んだ。哀れに思った家人や村人は猿のためにカエデの木を植え、塚を築いて供養した。

 この話は、西鶴の諸国噺(ばなし)にもあり、民話として全国的に分布されているものの一つと思われる。ただ風習としておもしろいのは、この塚がいつしか子どもの厄除け塚となり、子どもが病気になったりすると、村人は泥だんごを供えて願をかけ、それがかなうと米だんごを供えるようになったことである。この願かけは、しだいに減ったが、いまなお、新しい泥だんごが供えてあるところをみると、まだまだこの風習は続いているらしい。