元文五年(一七四〇)二月十七日八代将軍吉宗が鷹狩りの帰途、千住の「ぢぢが茶屋」に立寄って休息した。
店の正面にあった茶釜は、その前に立たれた吉宗の姿がはっきり写るほどよく手入され、鏡のようにつややかであった。これを見て将軍は大いに喜び、「名を残す爺が茶釜やてるかがみ」の一句をよんでその手入の行届いていることをほめ、翌年十二月、ふたたび立寄ったときには、さきの俳句をしたためた短冊一葉を賜わった。
当時としては破格の光栄で、これが大評判となって「光茶釜」の名声は一時に高まり、将軍様と同じ釜の茶を飲まなくては江戸っ子の名折れとばかり、物見高い客で応援のいとまもないほどだったという。「江戸名所図絵」にも光茶釜。千住の駅をはなれ、道の左側にあり……」と、茶釜を店の正面にすえた茶店の図が出ている。
この短冊は茶釜とともに、いまでも千住五丁目の石原ふみさん宅に、家宝として秘蔵されているが、吉宗と署名した見事な筆跡である。
茶店にはそのころ江戸で名の通った人びともきたらしく、記念に残した色紙や短冊なども太い麻ひもでつづられ、二つづりほど保管されている。
現在石原さん宅は荒川の土手下になっているが、当時の店や茶釜橋とよばれた近くの橋は荒川の開設によってとり払われ、いまでは区営の野球グランドとなってしまった。