薩州勢千住宿に泊る

903 ~ 904

 慶応四年七月十七日江戸は東京と改称され、同九月八日明治と改元、新政府は着々と新政実施の方策を講じたので、国内の騒乱もおいおい平定していった。九月にはいって、反政府軍の拠点会津藩松平氏の若松城も落ち、奥州方面も平定され、わずかに北海道五稜廓に大鳥圭介、榎本武揚などの一軍が最後の抵抗をこころみている状況となった。官軍の主力、薩州勢約三千人が歩武堂々奥州路を帰還し、千住宿に着いたのは十月三日であった。そして、中田屋外十六軒に投宿し、十日ばかり滞在して、長旅の戦塵を落した。錦のきれを着けた官軍薩摩兵と、これを見物しようと集まった群集で、千住宿は時ならぬ賑(にぎわ)いを呈した。