千住地区の産業史を特徴付ける商業の端緒は、江戸時代に始まった。流通面では米穀問屋、前栽問屋、川魚問屋を中心に千住の市場が成立した。農村としても千住は見沼代用水千住堀をひいた稲作農村であり大正期にいたるまで農産物を生み出す土地であった。さらには前栽(野菜)も生産し、その市場は周辺諸地域の前栽を併せて消費地江戸に出荷した。地先河川では魚介類の収穫があり、これも周辺地域の魚介類と合わせて江戸に出荷されていった。明治を迎えると、乳業が新たに加わり、文明開化の象徴とも言える牛乳を東京の食卓に供給した。
加えて宿場があった江戸時代に、家内工業が始まった。下駄や凧、紙煙草入れといった産品が千住地区から生み出されていった。地漉紙も代表的な産物の一つで、江戸や遠隔地から仕入れた反古紙を地区内や周辺地域で再生し、再び消費地に移出していった。ここでも産地と密着した取引が行われていたことが判る。このように千住地区は商業地であるとともに産地という性格を併せ持ち繁栄したのである。