輩出する担い手

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 千住地区からは、このように全国に影響を与えた文化の舞台となった歴史があるほか、地域に密着した固有の文芸の舞台ともなってきた。江戸時代の俳人建部巣兆は、千住掃部宿に住んで多くの俳画を今に残し、その作品は海外にまで知られるようになっている。俳句の世界でも千住が生み、千住で暮らした現代俳人の為成菖蒲園がいる。彼は高浜虚子の作風を受け継いで、やっちゃば句会を催し、多様な文物を作品に残している。

 彼らは千住地区に暮らし、多くの作品を生みだしていった人々である。このように千住地区は文化の出発点であるばかりでなく、作品を生み出す舞台としても、その歴史と風土に彩りを添えているのである。ただし遺憾ながらこうした千住地区が伝来している文化については、研究と普及いずれも今後の課題としている部分が大きい。


千住河原町の民家の塀に描かれた「やっちゃば句会」。階上で句会が催されているようすが描かれている。(千住河原町、岡本行央さん宅の塀の絵)。