一五九四年の架橋

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 一五九〇(天正一八)年、徳川家康は豊臣秀吉の命によって東海五カ国(三河、遠江(とおとうみ)、駿河、甲斐、信濃)から関東の後北条氏の旧領に移った。八月には江戸に入り、領国の整備を開始し、領国の首都と定めた江戸城下町と周辺の交通網や町割りなどを開始した。こうした江戸周辺の整備の一環として、一五九三(文禄二)年、出頭人(側近)の伊奈備前守忠次に、入間川に架橋するよう命じた。橋は翌一五九四(文禄三)年九月に完成した。現在の隅田川では最初の架橋であった。


伊奈忠次銅像
家康の出頭人で平時は地方支配、戦時は兵站や関所支配を担当した。写真は水戸市備前堀にある銅像。