それでは公用通行のための人馬継立の実態は、どのようなものであったのか、ある一日を取り上げて検証してみよう。事例とするのは一八一五(文化一二)年四月一日の一日間を見てみよう。次ページの一覧が、この日、千住宿が継立た公用通行である。
| N0. | 利用者・利用形態 | 行き先 | 命令区分 | 利用人馬 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 京極長門守様御内 御飛脚村杉勘兵衛 |
江戸 | 臨時御断 | 軽尻馬1 |
| 2 | 細川和泉守様御内 黒木順蔵 |
草加 | 御先触 | 人足20 本馬3 |
| 3 | 御老中 牧野備前守様 |
草加 | 御先触 | 人足128(134) 本馬46(45)、軽尻8(7) |
| 4 | 奥御右筆 布施蔵之丞様 |
草加 | 御朱印 御証文 |
本馬2(3) 人足21(朱5、証15) |
| 5 | 御普請役 楢原謙十郎様 |
草加 | 御証文 | 本馬1(1)、軽尻馬3(賃1) |
| 6 | 御普請役 大竹弥吉郎様 上条昌太郎様 |
新宿 | 御定賃銭請取 | 本馬2 |
| 7 | 甘露寺様御内 飯泉仙左衛門殿 |
草加 | 御定賃銭請取 | 人足4 |
| 8 | 御状箱 土井大炊頭様より |
草加 | ー | 人足5 |
| 9 | 御状箱 上野御殿より |
草加 | ー | 人足4 |
| 10 | 筵包御用物 岸本武八様より |
草加 | ー | 人足1 |
| 11 | 大貫次右衛門様 御手代進野角蔵様 |
草加 | 臨時御断 | 人足1 |
| 12 | 状持 | 草加 | 御定賃銭請取 | 人足7 |
| 13 | 状持 | 江戸 | ー | 人足4 |
| 14 | 状持 | 嶋根村 | ー | 人足1 |
| 15 | 状持 | 四ツ木村 | ー | 人足1 |
| 16 | 状持 | 新宿 | ー | 人足3 |
| 17 | 遠見 | 江戸 | ー | 人足1 |
※( )内=御朱印、御証文分に記載された人馬の数。賃=証文に記載された賃馬の数。
※典拠は前掲「文化十二年日〆帳」。なお命令区分で記載のない場合は「ー」で示した。
継立の件数は合計一七件で、老中の通行(No.3)や、御状箱や書状の送付、中には筵に包まれた御用物(No.10。中身の記載は無し)の継ぎ送りもあった。
千住宿の問屋場はこの一七件の人馬の手配を行ったのであるが、手続きが整っている御朱印(ごしゅいん)、御証文(ごしょうもん)、御先触(おんさきぶれ)のほかに、突然の来訪(一覧の命令区分欄の「臨時御断(りんじおことわり)」=緊急の申し込みの意)も二件発生している(No.1と11)。
利用人馬の規模も様々で、人足一二八人、馬五四疋(本馬四六、軽尻八)を利用する比較的大規模な老中の通行から、人足一人で継ぎ立てる書状の送付まで見られる。
費用の支払いの有無という視点で、この一日を見てみると、支払があった継立はわずか三件(No.6、7、12)のみで、ほかは一部の支払は認められるものの、ほとんどが支払のない無償提供分であった。
このように一日の公用通行の事例を見ても、多くの公用通行があり、規模も様々であったことが判明する。しかも、その大半が無償の提供であることを踏まえると、宿場の負担が大きかったことが容易に想像できる。