おくのほそ道矢立初の碑

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千住大橋公園に足立区が一九七四(昭和四九)年に建立した碑で、「おくのほそ道」の一文「千しゆ…」から「見送なるべし」までを表面に配している。裏面には千住の俳人で、ホトトギス同人であった為成菖蒲園(ためなりしょうぶえん)さんの句を配した次の文面が刻まれている。

 江戸時代の俳人、松尾芭蕉の著わした俳文紀行『おくのほそ道』は、日本の古典文学として内外に親しまれている。同書によれば、深川を舟で出発した芭蕉は、旧暦元禄二年(一六八九年)三月二十七日、千住に上陸し旅立っていった。千住の河岸には古くから船着場があり、このあたりが上り場であった。千住は寛永二年(一六二五年)、三代将軍家光のとき、日光道中の初宿に指定され、日光、奥州、水戸の各道中の宿駅としてにぎわった。

 町薄暑 奥の細道 こゝよりす 菖蒲園

昭和四十九年十月十二日 東京都足立区

なお本碑文とともに公園内には芭蕉の「おくのほそ道」行程図がある。


矢立初の碑
千住大橋公園にある碑。「おくのほそ道」の千住関係部分を抜粋した一文が刻まれている。