一つは千住宿の周辺に広がっていた名所群で、古刹の西光院、関屋の里、綾瀬川と鐘ヶ淵がとりわけ知られていた(「常東地区」参照)。
もう一つは千住宿内で、掃部宿氷川大明神(現千住仲町氷川神社)、同じく掃部宿徳島屋の庭(現在地未詳)、そして千住宿の北縁にあった通称「爺ヶ茶屋」(じじがぢゃや)である。
このうち爺ヶ茶屋は、「江戸名所図会」にも挿し絵入りで紹介された名所で、同書は次のように述べている。
光茶銚(ひかりちやかま)
千住(せんじゆ)の駅(しゆく)はなれ道(ミち)の左側(ひたりかハ)にあり。土人(としん)ハ耆老茶屋(ちゝかちやや)とも呼(よひ)あへり。むかし此店(このミせ)の茶銚(ちやかま)の光沢(ひかり)の殊(こと)に勝(すくれ)たりしを重(おも)き御感賞(こかんどう)にあつかりしより、此茶(このちや)銚竟名物(かまつねにめいぶつ)となりて、其名さへ、世に光(かゝやく)事とハなりぬ
と紹介している。
こうした名所の他に著名人の住居、名物が数多くあった。江戸時代の地誌類に登場した代表的な千住の名所の所在地を示したのが次頁の図である。これらの場所は、地誌類に紹介されているとおり、江戸内外の人々に知られ、多くの人々を誘ったのである。
※ 本図では江戸時代の地誌に取り上げられた名所のうち代表的な事例を取り上げている。
※ 下記の標記は次の通り。
・江戸東方四十八所=「東都歳時記」掲載の「江戸東方四十八所地蔵尊参]の略
・荒川辺八十八所=「東都歳時記」掲載の「荒川辺八十八所弘法大師巡拝」の略
※ 主たる出典=『近世地誌史料集』(足立区教育委員会、1993年)。背景図は迅速測図(1880年版)を利用した。
※ ここに掲げたほか、近代に記録された伝承では清亮寺(弥五郎新田)の「槍掛の松」や、長円寺(千住四丁目)の「月影の松」などの銘木があったとされる(「南北千住町見聞実記」<郷土博物館複写収集資料>、『南足立郡誌』<1916年、南足立郡役所>等による)。