延徳地理全図

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これら一連の絵図類の中で異色なのが、千住掃部宿の名主だった高尾家に伝来した「延徳地理全図(えんとくちりぜんず)」である(下段)。これは千住宿成立以前のようすを、江戸時代の千住の人が描いた絵図で、一八五五(安政二)年の成立である。「延徳元年」(一四八九年)の年代名が記入されているが、古来の絵図という由緒を書き留めているものと考えられ、史実とするには検討を要する。言わば、江戸時代の千住の人が考察した歴史地図であり、千住宿の人々がどのように歴史を捉えていたのかを知ることが出来る内容である。江戸時代に成立した宿場は記入されていない。同様に江戸時代の日光道中も描かれておらず、当時の道として隅田宿付近から元宿付近にかけて街道が記されている。なお元宿付近には「和田野宿」「元宿」と地名が記されている。ほかにも集落が描かれているが「旧考録」(永野家文書、前掲)に記されているように、所在地は散らばっている。なお図は南を上に、北を下に描かれている。