千住宿の宿役人・村役人

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千住宿の宿役人は問屋二人、年寄六人、馬指など下役人が一三人である。年寄役は文政期まで四人であった。しかし、貫目改所に秤一挺が増やされた際に「万端御用多」なったことを理由に二人増やされた(合計六人)。増員された年寄の役料は一人八両で、宿入用として伝馬屋敷で負担した。なお、二人の問屋役の内一人は名主役と兼帯であった。

 千住宿明細帳には、村役人の役料について詳細な記述がある。

 一八ヶ町名主役料之義、前書御伝馬引役之外所持屋敷壱軒分諸役入目出銭相除申候、且又壱丁目・五丁目・小塚原町・中村町の義は高弐拾石分出銭役引仕来り、三丁目高拾五石出銭役引、掃部宿は高拾石出銭役引仕来申候、弐町目・四町目は役引仕来御座なく候

これは、千住一~五丁目・掃部宿・小塚原町・中村町の名主役料である。ほかに地方年寄・百姓代・定使(もっぱら村内外の連絡事務を行った)の役料の記述がある。これをまとめたものが上表であり、町によって役料にばらつきがあり、千住三丁目の百姓代は一か月交替で勤めたために役料がなかった。前述した伝馬屋敷からの役料のほか、諸役(年貢以外に課せられる役負担)の免除などがある。また、千住一~五丁目の地方年寄の役料に萱野二口とあるが、千住宿明細帳には次のような記述がある。

 一萱野壱町壱反三畝拾歩       壱ヶ所

 是ハ五ヶ町年寄抱給野、前同様壱丁目御水帳御割付ニ御記これ有り、年々弐ヶ町ツ丶組合順番年替りニ進退仕来り候

役料にあてられた萱野は反別一反三畝一〇歩あり、千住一丁目の検地帳・割付状に記載されていた。萱野の管理は二か町ずつ年番で行っていた。

 橋戸町・河原町は掃部宿の一部とされていた。このためか、両町の名主・定使には伝馬屋敷から役料が出されていない。しかし、伝馬役を割り当てられていたこと、村役人の役料が定められていたこと、両町の名主・年寄・百姓代が千住宿明細帳の差出人に名前を連ねていることから、実態として一つの村となっていたことがわかる。

千住10か町の村役人役料一覧
名主 地方年寄 百姓代 定使
伝馬役1疋引役(2両2分)、屋敷1軒分諸役免除、高20石分出銭役免除 年寄抱萱野2口、屋敷半軒分地役免除、高2石5斗出銭役免除 屋敷半軒分地役免除 伝馬役引役1疋(2両2分)、米5斗
千住2丁目 伝馬役1疋引役(2両2分)、屋敷1軒分諸役免除 年寄抱萱野2口、所持屋敷分地役免除、1か年金3分高2石5斗出銭役免除 所持屋敷分地役免除、金2分 伝馬役引役1疋(2両2分)
千住3丁目 伝馬役1疋引役(2両2分)、屋敷1軒分諸役免除、高15石分出銭免除 年寄抱萱野2口、所持屋敷1軒分地役免除、高5石分出銭役免除 ※月番につき役料なし 伝馬役引役1疋(2両2分)
千住4丁目 伝馬役1疋引役(2両2分)、屋敷1軒分諸役免除 年寄抱萱野2口、所持屋敷1軒分地役免除 屋敷半軒分地役免除、金2朱 伝馬役引役1疋(2両2分)
千住5丁目 伝馬役1疋引役(2両2分)、屋敷1軒分諸役免除、高20石分出銭役免除 年寄抱萱野2口、所持屋敷1軒分地役免除 屋敷半軒分地役免除 伝馬役引役1疋(2両2分)、米4斗5升・麦9斗6升
掃部宿 伝馬役1疋引役(2両2分)、屋敷1軒分諸役免除、高10石分出銭役免除 年寄抱萱野2口、所持屋敷1軒分地役免除、高5石・小間5間分出銭役免除 所持屋敷分地役免除、高5石・小間5間分出銭役免除 伝馬役引役1疋(2両2分)、1か月に付金1分2朱
橋戸町・河

原町

銭52貫文、小間21間持高地役出銭免除 1か年金2両2分、小間5軒分地役免除 所持屋敷分地役免除 1か年金5両
小塚原町 伝馬役1疋引役(2両2分)、屋敷1軒分諸役免除、高20石分出銭役免除 所持屋敷1軒分地役免除、高10石・小間8間分出銭役免除 所持屋敷分地役免除、高8石・小間6間分出銭役免除 伝馬役引役1疋(2両2分)、米6斗
中村町 伝馬役1疋引役(2両2分)、屋敷1軒分諸役免除、高20石分出銭役免除 所持屋敷1軒分地役免除、高10石・小間8間分出銭役免除 所持屋敷分地役免除、高8石・小間6間分出銭役免除 伝馬役引役1疋(2両2分)、米6斗

※「日光道中千住宿村差出明細帳」(甲田家文書)より作成