建造物

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宿場の建物は、日光道中沿いの商店、問屋などの建物と、名主屋敷やその他の住居など道中沿いから少し後退した部分にある建物があった。その割合は街道沿いが約半数、その他が約半数と考えられている(前掲『千住宿』)。

 街道沿いの建物(表店(おもてだな))の多くは商店であり、二階建ての建物も約三六%を占めている。この数値は江戸四宿で比較すると品川に近く、板橋よりは多い数字である。現在、こうした表店の建造物で江戸時代から続く事例は少ないが、千住四丁目の横山家住宅がその代表として知られている。

 一方、日光道中に面していない建物(裏店(うらだな))としては瓦葺の土蔵や茅葺や板葺の建物が多く、裏長屋、隠居屋などの住宅、蔵として利用されていたと考えられる。今日においても、かつて宿場だった地域には古くからの蔵が残されているが、その多くは江戸時代同様に道中沿いではなく、道中沿いから少し入ったところに立地している。

 こうした千住宿の建物の全体的な特徴としては瓦葺と板葺、茅葺が混在していることから、江戸的な建物と農村的な建物が混在していたという点が指摘されている。

千住宿の建物の形状
町名 建物数 屋根葺材の比率 2階建ての比率
瓦葺の数 % 件数 %
千住五丁目 59 7 12 4 7
千住四丁目 26 14 54 7 27
千住三丁目 20 4 20 6 30
千住二丁目 26 9 35 8 31
千住一丁目 30 18 60 11 37
千住掃部宿 51 18 35 35 69
千住河原町 43 4 9 18 42
千住橋戸町 23 0 0 5 22
中村町・小塚原町 82 27 33 36 44
計 361 101 28 130 36

※ 『千住宿』(足立区立郷土博物館、1986年)による。
※ 本表の件数は「日光道中分間延絵図」(独立行政法人東京国立博物館蔵)の解析による数値で基本的に表店の件数のみと推定される。