社会不安の影響

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 異国人に関する事件も世情に影響を与えていた。一八六二(文久二)年にイギリス人を殺傷した生麦(なまむぎ)事件が発生したときも江戸と周辺の社会に動揺がはしり、千住も無関係ではいられなかった。上に掲げた異国兵が上陸するという風説で千住などに避難者が殺到したという資料がある。

 生麦事件が起きたとき、戦争になるとの風説が出て、パニックが発生している。江戸の人々は家財道具を売り払ったり、荷車に荷物を積んで江戸から脱出しようとして、千住や板橋など、江戸の「四方口々」に殺到したのである。普段から江戸の出入口であった千住宿も、江戸のパニックを受け止めざるを得なかったようだ。


■生麦事件異国兵上陸風説記事

…略…

 府下老幼女子等田舎に遁るるがため、板橋・千住・新宿の三口ハ云ふもさら也。四方口々、士工商三民の荷物、あるいは車、あるいは馬附、あるいは肩背負ひ持運ぶ事、昼夜絶間なく、取分け芝高輪辺ハ家財道具の売払など、その騒がしき事、火の今にも燃え来るが如し。親子もろとも立退く者も数を知らず。…略…

※「嘉永明治間録」、南和男『幕末江戸の文化』(塙書房、一九九八)所収「浮世絵と風刺画」より