千住警衛と関所の設置

84 ~ 84

 生麦事件で世情が混乱した一八六(文久三)年の八月、幕府は開港の見直しを図り、諸外国と鎖港交渉を行っていた。またまた対外戦争が始まるという風聞が広まり、足立を含めた江戸と近郊は不安に包まれた。加えて八月一八日には、京都での公武合体派による攘夷派の追放、いわゆる八月一八日の政変」が発生し、混乱に拍車をかけていた。