千住宿の官軍警備

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この後、千住宿は北陸道軍の支配下に入った。千住に駐留したのは、越後高田藩兵で、翌々月の閏四月一日まで千住宿の警備を担当した。これは、それまで設定されていた幕府の千住警衛の機能を引き継いだものであった。

※ 越後高田藩=榊原政敬(さかきばらまさたか)(式部大輔)を藩主とする元譜代藩。北陸道軍に従軍。

 さらに民政を担当していた幕府代官、佐々井半十郎も翌日の四月四日には勤王証書を東海道総督に提出し、新政府側に属した。

※ 『復古記』第九冊(東京大学出版会、一九二九年刊、一九七五年復刻版を利用)所収「東海道戦記」第十による。

 このように北陸道軍の宿陣後、千住宿は軍事、民政両面で新政府の支配下となった。なお翌日、北陸道軍のうち総督府と主力は、千住宿を出発し、浅草の本願寺に陣を移して江戸に入った。