一九四七(昭和二二)年三月、東京都の三五区を整理、麹町区ほか二三区を廃止し、代わって千代田区ほか一一区を置き、区部は二二区に統合整理したが、足立区は従来どおり一区として存続された。この後八月、板橋区から練馬区が分離し、現在の二三区となっている。四月地方自治法が公布され、地方分権制による自治団体と住民自治の強化を規定し、明治期以来の府県制、市制・町村制は廃止され、東京都の区部は特別区となった。
五月、町内会・部落会・連合会などに関する解散・就業禁止その他の制限に関する政令(通称・ポツダム政令)が公布され、足立区でも転入・転居・物資の配給などの事務を行っていた町内会事務所も廃止され、区内一九か所に区役所出張所が設置されたが、堤南の千住には、第一から第五出張所が設置された。
※ 一二月、都会地転入制限法が公布されたが、依然と人口の増加は止まなかった。足立区の人口も二四万六〇〇〇人余に膨れあがった。