江戸時代に成立した千住の市場は一七三五(享保二〇)年に御用市場となったことに象徴されるように江戸東北部の流通拠点として栄えたが、その役割は明治以後も変わることなく、新たに近代市場として発展を続けていった。
制度面で見ると明治初期は江戸時代の市場制度が継続していたが※、一八七七(明治一〇)年に市場制度が新たに設けられた。
※名称については一八六九(明治二)年に小菅県が「千住青物市場」とした(前掲『千住総覧』)。
明治の市場
江戸時代に成立した千住の市場は一七三五(享保二〇)年に御用市場となったことに象徴されるように江戸東北部の流通拠点として栄えたが、その役割は明治以後も変わることなく、新たに近代市場として発展を続けていった。
制度面で見ると明治初期は江戸時代の市場制度が継続していたが※、一八七七(明治一〇)年に市場制度が新たに設けられた。
※名称については一八六九(明治二)年に小菅県が「千住青物市場」とした(前掲『千住総覧』)。