七七年六月四日、東京府は、「鳥魚并青物水菓子問屋中買営業者例規并税制」を布達、千住中組に市場を設置することとし、七月一日から施行した(竹内秀夫編『新聞・官報』一〇一七、一〇二〇号資料)。この時、東京府下で認められた市場は、別掲一覧の通りで、東京北郊の重要な市場であったことが判る。
その後、一八七九(明治十二)年に東京府は認可した市場を増やした。市場の分類もこの時変更され魚市場と青物市場が設定された。千住の市場は魚市場、青物市場ともに、千住中組が市場の所在地として東京府から許可を受けている(前掲竹内秀夫編『新聞・官報』一二一七号資料)。さらに一八九六(明治二九)年からは管轄替えがあり警視庁が市場の取締を行うようになった(『南足立郡誌』南足立郡役所、一九一六年・大正五年)
| 取扱品目 | 野菜土物及一切諸菓物 |
| 開設場所 | 千住中組、神田、京橋大根河岸、両国広小路、本所駒込浅嘉町、青山南町三丁目、南品川五丁目 |
| 取扱品目 | 魚、貝、塩、干魚、鳥、川魚等 |
| 開設場所 | 干住中組、日本橋、芝金杉、新場(注1) |
「魚鳥并青物市場及中買問屋営業例規税則」による。
(注1)日本橋本材木町2丁目-3丁目の間の新しい魚市場、(現中央区日本橋江戸橋1~3丁目辺り く江戸文学地名辞典 東京堂出版〉)