大火後の一八八八(明治二一)年になると市場の問屋の戸数、売上高は別掲一覧のようになっている。売上高では青物市場が神田、京橋と同規模、鳥魚市場では芝金杉に次いで四番目だったといい(『新修足立区史』足立区役所、一九六七年)、千住中組の市場は、東京のなかで重要な位置を占めていたことが判る。
| 名称 | 種別 | 戸数 | 売上高 |
|---|---|---|---|
| 千住魚鳥市場 | 問屋
仲買 |
4 | 34870円 |
| 3 | 17550円 | ||
| 計 | 7 | 52420円 | |
| 千住中組青物市場 | 問屋
仲買 |
36 | 100063円 |
| 8 | 11323円 | ||
| 計 | 44 | 111386円 |
※『新修足立区史』(足立区役所、1967年)による。