大正から昭和戦前の商業は、ここまで見てきたように江戸時代以来の伝統を受け継ぐ青物市場や米穀商といった個人商店などに加え、新たに東京北魚市場や鳥福商店のような会社、銀行などが加わって発展していった。このことについて一九二六年の『南足立郡誌』は別項で触れる工業面も含めて次ぎのように述べている。
…近年実業勃興の機運に伴い、商工業非常に発展して大いにその面目を一新し、大正都市の店舗としてやや見るべきもの日に益々多きを加うるに至れり。これに反して農業は漸次衰退して、また昔日の観をとどめず。独り正保の古より蔬菜川魚の集散地として知られたる本町は、さらに食鳥類の取引いよいよ盛大に赴き、いずれも帝都における市価を左右する一大勢力を有するに至れり。…
このように誇らしげに新しい発展を記述し、千住町の商業が東京の市価を左右する勢力になったと述べている。このように江戸時代の千住町は、近代産業が発展を続ける地域へ変貌していったのである。