このように広がっていった工場であるが、農水産物を含めた千住のものづくり(物産)のうち、工業生産物がどのくらいの規模を持っていたのだろう。詳細な資料は未見であるが、一九三一年の『南足立郡千住町現状調査』(前掲)は上段の数字を記載している。
| 種別 | 価格(円) | % |
|---|---|---|
| 農産物 | 57,041 | 0.5 |
| 畜産物 | 15,367 | 0.1 |
| 水産物 | 1,600 | 0.01 |
| 工産物 | 10,638717 | 99.3 |
| 計 | 10,712727 |
※ 出典の合計数値(表中)は各産物の合計と合わない。そこで%の算出は各産物の合計1071万2725円をもとに計算した。
これを見ると、工産物の割合が、全物産額のほとんどを占めており、生産地としての千住が工場によって支えられた傾向が明かである。
この工業地域として知られる千住地区の特徴は、明治維新ののち、大正から昭和戦前の時期に確立されていった。その性格は太平洋戦争期の空襲被害で打撃を受けたのちも復活し、戦後、ひいては今日まで続いていると言えよう。