大正期の道路改修と町

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一九一五(大正四)年一〇月、千住町の有志が大正天皇の即位の大典を記念し、荒川放水路新堤の千住大川町氷川神社より南へ西掃部堀に沿い、桜土手(熊谷堤)に至る間に幅七・二m、延長一〇八四mの道路を計画し、一九一六年六月着手し九月に完成させた。桜土手を横切った掃部堤(現・補助一一九号)の際には、道路完成を記念して森鴎外が撰文した大正記念道碑を建てた。

 一八(大正七)年一二月東京府会で、陸羽街道の改修を議決し、翌年度から実施することとなった。

 なお、この年、千住貸座敷組合は街道筋の商業地での営業を禁じられたことから移転先を探し、千住四丁目飛び地で新営業地の造成に着手した。翌年一月この地は警視庁によって、新たな千住貸座敷営業地に指定された(「西部地区」参照)。