一九(大正八)年四月都市計画法及び市街地建築物法を公布、翌年一月から実施とされた。特に、明治期に東京市区改正事業として始められた東京の都市計画が、中心部に限った対応では納まらず、市域を越える周辺郡部にまで広げる必要に迫られていた。この時期、千住町の人口も二〇年前の三倍近くに達していたといわれる。このような状況下、法の制定を受けて都市計画区域の設定、用途地域の指定、街路網計画、郊外部の宅地化に備えた土地区画整理等は、必要不可欠のものだった。
市街地についての諸制度
一九(大正八)年四月都市計画法及び市街地建築物法を公布、翌年一月から実施とされた。特に、明治期に東京市区改正事業として始められた東京の都市計画が、中心部に限った対応では納まらず、市域を越える周辺郡部にまで広げる必要に迫られていた。この時期、千住町の人口も二〇年前の三倍近くに達していたといわれる。このような状況下、法の制定を受けて都市計画区域の設定、用途地域の指定、街路網計画、郊外部の宅地化に備えた土地区画整理等は、必要不可欠のものだった。