千住駅伝馬所

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駅法改正によって、千住宿の問屋場は伝馬所(てんましょ)と称されるようになった。また同年より千住宿は千住駅と称することが多くなり、一八七一(明治四)年頃からは千住駅という呼称が一般的になっていった(資料上では「千住宿」「千住駅」が混在するが、「駅」の用例が多くなった)。また改正では助郷制も変更され、従来宿場で不足した人馬を補っていた方法を、宿村ともに石高に応じて人馬を分担するという方法に変更された。

 このように一八六九年の三月段階でさまざまな制度が変更されたが、千住駅伝馬所の人馬継立業務は、基本的に問屋場時代と大きな変化は無く、伝馬所はかつての問屋場、貫目改所を含めて、そのまま存続、機能していた。