新開橋の架設
さらに一九〇九(明治四二)年四月、千住中組の陸羽街道に新開橋が架設された。ここにはもともと川は無く、河原縄手、川原田圃などとよばれた低湿地帯で、大雨の都度道路が冠水し、通行に難儀であったため架設したという。この橋梁はその後、二一(大正一〇)年頃四号国道整備の際、廃止されたと推測される※。
※ 明確な廃止資料は残念ながら見出せない。
新開橋の近くの川辺で蜆とり(1921〈大正10〉年ごろ)澤村武さん提供)
新開橋付近の図(『足立史談』第167号1982〈昭和57〉年1月)