国道路線の決定と建設

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 一九二一(大正一〇)年一二月東京府の通常府会は、「四号国道改修工事は幅員拡張及び路線変更を要するため」と大幅な年度割予算の更正を可決したが、このとき元・千住宿内の陸羽街道の拡幅を止め、市街を迂回して千住新橋に至る、現在の四号国道の位置が決定されたものと推察されるが、この時期までの四号国道改修工事は、中組橋戸の新開橋まで竣工していたものと思われる。

 この変更で千住中組新開橋南詰めより、荒川放水路右岸堤防千住新橋南詰めに至る延長一、八六九・六m、幅員二一・八mの新道が決定されたが、この改修事業も工事進捗の関係や府財政の都合上、この後、幾度も工事継続年度を延長しなければならなかった。