谷文晁・たにぶんちょう

154 ~ 154

 酒合戦に列席し「高陽闘飲図巻」の絵を描いた江戸後期の画家。下谷根岸で田安家家臣の子として生まれる。子どもの頃から狩野派の絵を学び、成長して南蘋派の渡辺玄対に師事した。一七八八(天明八)年田安家に出仕して五人扶持となり、長崎に行き清人張秋谷に文人画を学んだ。一七九二(寛政四)年松平定信付きとなり江戸湾沿岸巡視に随行したりし遠近法や明暗法を用いて洋画の学習をする。その後多くの文人墨客と交流、木村兼葭堂と交わり、田能村竹田が文晁の門を叩くまでになった。江戸を代表する文人画の巨匠である。