江戸中期の医師であり、思想家だった安藤昌益は、戦後、岩波新書で、ハーバート=ノーマン著『忘れられた思想家』上・下、および『ハーバート=ノーマン全集』で紹介されて俄かに注目された。
この昌益は、江戸時代の封建社会に批判的立場をとっていたために、その生涯と足取りは不詳で、今日にしてはじめて研究者によって、秋田の大館の人で八戸で診療していたことなど解明されつつある。
もともと昌益の大著である「自然真営道」の稿本一〇一巻九三冊は、千住宿鈴木家に代々秘匿されていたのを、明治の末に東大教授狩野亨吉に依って発見され東大図書館に収蔵され研究の途上にあった。しかし、この稿本は関東大震災で焼失してしまった。ところが第二五「良演哲論」を含む一二冊がたまたま借り出されいたために焼失を免れ、現在も同図書館に架蔵されているが、京都大学と慶応大学にも昌益の稿本が所蔵されていることが分かり、また、京都北野天満宮から刊本「自然真営道」が発見され竜谷大図書館からも稿本「統道真伝」の一部が発見されるなど、地道な研究で各地から稿本や写本が発見されて、現在では『安藤昌益全集』が刊行されるまでになった。
この安藤昌益の稿本を秘蔵していた橋本家は橋本律蔵家で、なぜこの家に稿本があったか、また、「千住宿宿並図」(織畑家文書)にある「医師・橋本玄益」とは昌益との繋がりを思わせ、研究者は今も千住に注目している。