統合

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旧千寿小学校は一二九年の歴史を引き継ぎつつ千寿第二小学校とともに新設校「千寿小学校」として二〇〇二(平成一四)年四月に新しく誕生した。

 児童数三五七名教員数二七名(平成一三年現在)

 ※ 現在児童数は平成一五年度のもの。以下同。


千寿小学校舎新築に際しての広範囲な募金

 一八七八(明治一一)年、寺院を利用していた千寿小学校が、校舎を新築した際の費用は住民の寄付によるものであった。このことを物語る資料として『千寿百年』(千寿小学校百周年記念誌)掲載の一八七八(明治一一)年寅大月付、「有志寄附金集メ簿」と「千寿学校建築寄附人名簿」の二種三冊がある。本資料によると有志として寄附した人、二〇四人、一〇銭から三〇円まで様々。寄付金の総額は四六三円七五銭。また、各町の割当寄附は、

 千住南組      一〇八人、 二八五円九〇銭、

千住橋戸町      五七人、  一三〇円、

千住河原町      七一人、  一四六円七〇銭、

掃部宿        一四六人、 五〇二円、

千住一・二丁目    八三人、  四四三円三〇銭、

          その他人夫代  二九円一五銭、

千住三丁目      七七人、  一七一円 三銭、

千住四丁目      七八人、   二四円九四銭九厘五毛、

千住五丁目      四五人、  一〇〇円七五銭、

南北千住宿娼妓一同         五〇円、芸妓一〇円、

南北千住両組鳶一二人、       一五円、

寺子屋師匠九人            七円、

 総計      二九三九円余

※ ただし「千寿小学校百年史」には総計二九一〇円九二銭五厘とあり。

 以上の寄付金を基に建設に着手、一八七八(明治一一)年一一月三日に完成した。こうした校舎建設の寄付は、各戸から募りその数千百余人。その寄附金額も、最低六銭二厘五毛、最高五〇円が一人、四〇円が一人、一般的には一円内外であった。(※参考=警察官の給料が五円程度)。