一八六五(慶応元)年一二月、千住宮元町に生まれる。千寿小学校卒業。後に東京帝国大学法学部を卒業。司法官となり、前橋、静岡、横浜各地方裁判所判事、東京控訴院判事、同部長、大審院判事、京都・東京各地方裁判所長、名古屋、東京各控訴院長、大審院部長に歴補し、一九二七(昭和二)年、大審院長となり、司法界に多大の功績があったことにより、正三位勲一等の勲等を授与された。
大審院長という要職にあるかたわら、一九二四(大正一三)年四月一日、瀾徳高等女学校の初代校長に就任し、一九二九(昭和四)年四月、足立学園中学校長を兼任。三六年一二月二四日、七二歳で逝去するまで、両校の校長として、この地域の教育に尽力した。