江戸・明治での娯楽の主役は寺社境内に架設し興業した村芝居であったが、明治末から大正期には常設館が出現している。
須藤達也さん(足立史談会会員)の調査で、『浪速節東京市内・寄席名及び出演者一覧』から足立区関系の寄席を摘出すると、北千住には、関屋亭・越盛亭・堀川亭・新小桜亭・三芳亭・小松亭・小桜亭(千馬亭に改称)・千住劇場・千住館(千住会館)・新橋館・中央館・千住演芸館・千住新興館・綾瀬館などの名があり、千住で一番古い記録は一八九〇(明治二三)年四月の関屋亭という。
千住の娯楽、映画演芸場
江戸・明治での娯楽の主役は寺社境内に架設し興業した村芝居であったが、明治末から大正期には常設館が出現している。
須藤達也さん(足立史談会会員)の調査で、『浪速節東京市内・寄席名及び出演者一覧』から足立区関系の寄席を摘出すると、北千住には、関屋亭・越盛亭・堀川亭・新小桜亭・三芳亭・小松亭・小桜亭(千馬亭に改称)・千住劇場・千住館(千住会館)・新橋館・中央館・千住演芸館・千住新興館・綾瀬館などの名があり、千住で一番古い記録は一八九〇(明治二三)年四月の関屋亭という。