この寄席は千住三丁目サンロード商店街東側にあった寄席で、いつの頃か「千住会館」と名称を変えた。さらに寄席をやめて、映画館になったり幾多の変遷をたどった。
寄席の頃は小松亭と大河亭とで、それぞれ名浪曲師をかけ、張り合ったと小松亭主人は言う。人気の取り合いで千住の愛好家は、掛け持ちで聞いた。
戦災にあわず、戦後は数少ない寄席だったが、食糧難のさなか娯楽どころではなく、どの劇場も経営難におちいり、この小屋も一時は閉館しパチンコ店などになっていた。その後千住日活の封切館になり賑わうようになったが、一九八一(昭和五六)年火災で焼失した。その跡地に白亜こども館のビルが建てられ、千住会館は「千住名画座」と名称を変え、地下劇場として二年後に再開した。しかし九七(平成九)年、足立区最後の映画館としての幕を閉じた。