四丁目氷川神社(千住四丁目三一-二)

188 ~ 188

 素盞鳴命(すさのおのみこと)・倉稲魂命(うかのみたまのみこと)・品陀別命(ほんだわけのみこと)を祭神として祀る。『東京都神社名鑑上巻』(以下『神社名鑑』)によると、一六九一(元禄四)年に創建され、一九〇九(明治四二)年元宿八幡神社を合祀した。現在の社殿は一八八三(明治一六)年の造営で、境内には一七九三(寛政五)年建立の鳥居、一八一二(文化九)年の手水鉢がある(『新修足立区史上巻』)。

 『風土記』長円寺の項に当社の由緒が記され、千住四丁目の鎮守で、「魚籃観音」を御神体としていた。ほかに八幡社と稲荷社が長円寺の管理下に置かれていた。

 一八七四(明治七)年の『神社明細簿』には、

 右は従前同所真言宗長円寺境内御除地三反壱畝二拾歩之内社これ有るに付、同寺並産子一同相談之上、巾拾六間竪二拾七間境界相建社地に仕度旨、明治三年十一月中旧小管(菅)県え相伺候処、明治四年八月九日検査これ有り、御聞済ニ相成候

という記述がある。氷川神社の社地は、長円寺の御除地内にあったが、寺と産子(うぶこ)相談の上、分割を願い出て許可された。こうして、明治維新以後神仏分離となり、「魚籃観音」は別当寺であった長円寺に祀られている。一八七二(明治五)年一一月二八日には村社となっている。


四丁目氷川神社(2001〈平成13〉年9月15日撮影)